午後1時――全員が目覚め、軽く非常食を食べ終えるとついに出発する準備が始められた。「う~ん。馬車の中で休息は取っているのに、何故また眠ってしまったのかしら……?」まだ少し眠そうな様子のリーシャが寝袋を畳みながら不思議そうに首をひねっていた。「そうですよね? 僕もそう思います。何故か急激に強い眠気に襲われて、気づけば眠りに就いていて、挙句に出発時間になっているのですから」トマスも寝袋を畳みながらリーシャ同様に首をひねっている。「きっと2人とも、疲れが取れていなかったからじゃないかしら?」「クラウディア様はちゃんとお休みになられましたか?」リーシャが尋ねてきた。「ええ、休んだわ」「それは良かったです。ここのところ、ずっとお疲れのようで心配だったのですよ」リーシャが笑みを浮かべた時、スヴェンがこちらにやってきた。「姫さん、『エデル』の連中が打ち合わせを始めるみたいだ。皆でユダが監禁されている家に向かったようだぞ」言われて見れば、確かに『エデル』の使者たちの姿が見えなかった。「一体ユダさんはどうなるのでしょうか……」ユダを信用しているトマスは心配そうだった。「そうですよね……まさか、ここに置いていくなんて言い出すつもりではないでしょうか?」リーシャが不安気にしている。「まさか……絶対にそんなことはさせないわ。その為にも今からスヴェンと説得に行ってくるわ。2人はここで待っていてくれる?」「はい、分かりました。ですが……うまくいくでしょうか?」「大丈夫よ、トマス。何とか説得してみるわ」「クラウディア様。私もご一緒しましょうか?」「平気よ、リーシャはいつでも出発出来る様に準備をしておいてくれる?」リーシャに返事をすると、次はスヴェンに声をかけた。「それじゃ行きましょう、スヴェン」「ああ。行こう」私とスヴェンはユダが監禁されている家へと向かった。****「クラウディア様……またこちらへいらしたのですか?」家の前にやってくると、扉の前に立っていた見張りの兵士がうんざりした顔で私を見た。「おいおい、そんな言い方は無いだろう? 仮にも姫さんはあんたの国の国王に嫁ぐお方なんだろう?」「う……」どうもその言葉を出されると彼らは弱いらしい。「わ、分かりました。では……どうぞお入り下さい」兵士は渋々扉を開けてくれた。ガチャ
「スヴェン。私がヤコブが怪しいと思ったのか、理由はまだ他にもあるわ。貴方はこの状況を見て何か感じない?」深い眠りに就いている『エデル』の使者達を見渡した。「皆、よく眠ってるよな。余程疲れているのか……?」「それもあるかもしれないけど、だったら今起きているスヴェンもヤコブも同じことよね? なのにスヴェンは起きていられるでしょう?」「まぁ確かにな」「逆に、馬車の中で休息が取れるリーシャもトマスも良く眠っているわ」「……そう言えばそうだな……」「私ね、嗅覚がすごく優れているのよ。今この周囲は風に乗って、ある特殊な匂いに満ちているのが分かるの」「特殊な匂い……? すまん、姫さん。俺には良く分からないよ」スヴェンが申し訳なさ気に頭を下げた。「いいのよ、別に謝らなくて。気付かないほうが当然だから」「そうか……それでどんな匂いが漂ってるんだ?」「ええ。この香りはワスレグサと呼ばれる植物で、別名『スイミンソウ』とも呼ばれているハーブの一種よ」「『スイミンソウ』? 聞いたことがないな」首を傾げるスヴェン。「知らなくて当然よ。これは不眠症の人に調合される睡眠薬みたいなものだから。多分特殊な製法で作られたのだわ」この睡眠薬はとても高級で、貴族や金持ちしか手に入れることが出来ないのだ。現に回帰前、私はアルベルトと『聖なる巫女』カチュアの存在のせいで、悩み苦しんだ。そのおかげで不眠症になり、『スイミンソウ』を毎晩常用する様になっていた。「それで皆眠ってしまったのか……ん? だったら何故だ? 俺も姫さんもヤコブも平気なんだ?」「ヤコブが何故眠らずにいられるのかは分からないけれども、ある意味彼が『スイミンソウ』の香りを充満させた証拠になるわ。そして私とスヴェンが眠らずにいられるのは【聖水】のお陰よ」「【聖水】……?」「ええ、食事を終えた頃から匂いを感じ始めたの。だからあらかじめ【聖水】を少し飲んでおいたのよ。ありとあらゆる毒物や身体に影響が及ぼされる成分を中和してくれるから」「【聖水】って飲めるのか?」スヴェンが驚いた様子で尋ねてきた。「ええ。勿論よ」「でも俺は飲んでないぞ? でもどうして平気なんだ?」「多分、今持っている剣のおかげだと思うわ」「え……?」スヴェンは腰に差してある剣を見た。「アンデッドとの戦いの前に貴方に【聖水】を渡した
ここでは少し場所が悪いということで、私とスヴェンは廃屋となった建物の陰に隠れるように座った。「姫さん……もう本当は気付いているんだろう?」小声で語るスヴェン。「ええ……。スヴェンも気づいていたのね」「ああ、勿論だ。あの毒蛇の事件から疑っていたんだ。誰のことかは分かるよな?」「ヤコブでしょう?」「そうだ。姫さんはいつ気付いた?」「スヴェンと同じよ。毒蛇の事件から疑ってはいたわ」「やっぱりな……」スヴェンはため息をついた。「きっと、あいつだけはユダが初めに配ろうとしていた危険生物除けの匂い袋を身につけていたんだろうな」「ええ、間違いないわね。多分ヤコブは毒蛇に噛まれていなかった。彼の傷だけ不自然だったわ」「そうだよな。他の奴らは皆噛まれた部分が紫色に鬱血していたのに、あいつだけは不自然だった。確かに噛み後のような丸い傷跡が2つあって、血は流れていけれども鬱血はしていなかった。あの時は全員が噛まれていたから慌てていたし……」「そうよね」あの時、私とスヴェンは焦っていた。全員毒に侵されてしまったと思い込んでいたのだ。それで手分けして何処を噛まれたのかを調べた。そしてろくに傷の状態を確認もせずに、【聖水】をかけてしまった。「恐らく、ヤコブは事前に蛇に噛まれたように見せかける為に自分で傷を作ったのだろう。それで自分も毒にやられたかのようなフリをしていたんだ」「そして頃合いを見て、意識が戻ったように演技をしていたのね……」「アンデッドにしたって、そうだ。あの時、先導を切って前を歩いていたのはヤコブだったんだよ。姫さんは気付いていたか? 妙に進むのが遅いと感じなかったか?」「ええ、それは思ったわ」「ほかの連中も妙に遅いと首を傾げていたんだよ。その矢先にアンデッドが現れた。わざとあの時間に合せるかのように歩みを遅くしていたように思わないか。でも疑っていたらきりが無いよな。危険生物を引き寄せる匂い袋と言ったって、まさかアンデッドは死霊だから危険生物にはあたらない可能性もあるし……」スヴェンは苦笑した。「いいえ……多分、アンデッドも同じよ。恐らく匂いに引き寄せられたのだと思うの。私もヤコブを疑ってはいたけれども、さっきの彼を見て疑いが確信に変わったわ」「さっきのヤコブ? 何かあったか……? あ! そう言えばあいつ……ポケットから何か布のよ
「ねぇ、何処へ行くの? ヤコブ」「え!?」ヤコブは驚いた様子で振り返った。「ク、クラウディア様……ど、どうかされたのですか?」明らかに狼狽えた様子をみせるヤコブ。「ええ。横になって休もうかと思ったのだけど……なかなか眠れずにいたのよ」「眠れなかった……? そんなはずは……」本人は小声で言ったつもりかもしれないが、最後の呟きは聞こえていた。けれどあえて聞こえないふりをすることにした。「ヤコブ、貴方も眠れなかったの?」「え、ええ……そうなんです。それでこの廃村で旅に使えそうな物は無いだろうかと探しに行こうとしていたのです。なのでどうぞクラウディア様はお休み下さい」「なら私も行くわ。1人よりも2人で一緒に探した方が早いでしょう?」立ち上がり、ヤコブに近付くと足を止めた。「し、しかし……」明らかに動揺を隠せないヤコブ。「どうしたの? 早く行きましょう」「いえ、どうぞクラウディア様はお休み下さい。一介の兵士の用事に王女様が付き添うものではありませんので」「そんなこと気にする必要無いわ。でも休むのなら私よりもヤコブの方が休むべきじゃないかしら? 私は馬車の中でいつでも休めるけれど、貴方は馬に乗っているから休めないでしょう?」「それなら大丈夫です。我々兵士はそれこそ戦争中は丸2日寝ずに進軍した経験もありますので」ヤコブはあくまで引こうとはしない。彼が何処へ行こうとしていたかは分かり切っている。だからこそ尚更私は彼の動きを止めなければならない。「戦争はもう終わったのよ。だからもう無理する必要は無いでしょう? ヤコブ。貴方は『シセル』が今どれだけ大変な状況に置かれているか分かっているのでしょう?」「え、ええ……。ですが、何故クラウディア様がそのことを……?」「私は『レノスト』国の姫よ? 領地で何が起こっているか位把握しているわ」本当は回帰しているからこそ知っているのだが、その話を口にするわけにはいかない。「クラウディア様……」「これから向かう『シセル』は行くだけで危険な場所なのでしょう? 私はあの死にかけた村を救いたいの。その為には貴方たちの助けが必要なのよ。だから……1人でも欠けて欲しくないの。お願いします」私はヤコブに頭を下げた。「よ、よして下さいクラウディア様! そんなことされたって……俺は……」その時――「何してるん
その後、私達は廃村となった村でスヴェンの言葉通り4時間休憩することになった。スヴェンをはじめ、『エデル』の使者達は余程疲れ切っているのか泥のように焚火の傍で眠りに就いている。「……」一方、馬車の中で自由に休憩できる私たちは寝ることなく彼らから離れた場所で秘密の相談をしていた。「ねぇ……2人はどう思う?」ユダとヤコブの双方から聞かされた話をリーシャとトマスに話し、意見を求めた。「う~ん…僕はどうもこじつけのように感じますね」トマスが腕組みしながら答えた。「そうですね。何だか無理やり罪をかぶせようとしているようにも感じますけど、言われて見ればああ、確かに犯人かもしれないと思わせる何かがあります」「え? リーシャはそう思うの?」そう言えばリーシャとユダは相性が悪かった。「ええ、だってユダさんって目つきが悪いじゃないですか。目なんかこーんな吊り上がっていて」リーシャが自分の目じりを人差し指で持ち上げた。「なぁに? それって……」リーシャの顔真似が可愛らしくて少しだけ、笑ってしまった。するとリーシャが私を見て安堵のため息をついた。「あぁ……良かった。クラウディア様がようやく少しだけ笑って下さって」「え?」「いえ、この旅が始まってから……何だかずっと思いつめた様子でしたから……」「そうだったかしら?」でも確かに心の休まるときは無かったかもしれない。「早く『エデル』に到着するといいですね。人質妻などと呼ばれてしまっておりますが、きっと国王様は王女様を大切にしてくださいますよ。王女様は美しいし、とても聡明なお方ですから」真顔で言われてしまうと照れる気も失せてしまう。「ありがとう……トマス」「いいえ。思ったことを正直に述べているだけですから」笑顔のトマスには本当のことは伝えられなかった。恐らく『エデル』に到着してからが私の本当の苦難の幕開けになるのだということを。「ところでクラウディア様」不意にリーシャが小声で話しかけてきた。「何?」「御覧下さい。『エデル』の人達……全員身じろぎせずに眠っていますよ」「ええ、そうね。みんな疲れ切っているから。……私達も少し休みましょう? 多分ここを出発すれば、もう休憩を挟まずにこのまま『シセル』へ行くはずだから」「クラウディア様……よくご存じですね」リーシャが目を見張る。「本当に王
扉の前で待つヤコブの元へ行くとすぐに声をかけられた。「ユダと話が出来ましたか?」「ええ……」「なら、もう行きましょう」「……分かったわ」外に出た途端、ヤコブはすぐに扉の錠前に鍵をかけてしまった。「何もそこまで厳重にする必要があるのかしら……?」「え? 何かおっしゃいましたか?」私に背を向け、カチャカチャと鍵をかけていたヤコブが振り返った。「今でさえユダは足枷をはめられて動けないのに。その上扉に鍵まで掛けるなんて、少しやりすぎだとは思わない? ユダは貴方たちの仲間なのでしょう?」「仲間……ですか」ヤコブは立ち上がると笑みを浮かべた。「戻りながら話でもしますか?」「ええ、そうね……」「では参りましょう」** 並んで歩き始めるとすぐにヤコブが話を始めた。「クラウディア様。先ほどユダは我々の仲間では無いのかと尋ねられましたよね? 確かに仲間でしたよ。『クリーク』を出るまでは」その声は妙に冷たく聞こえた。「『クリーク』を出るまではって……それでは今は違うというの?」「ええ、そうです。ユダは……我々を裏切ったのです。仲間を。そしてクラウディア様を」「ちょっと待って。どうしてそんな言い方をするの? それに私のことまで裏切っただなんて」「当然ではありませんか? 我々はクラウディア様を陛下の元へ安全にお連れする重大任務を任されて集められたのですよ? それなのにあいつはわざと危険生物が引き寄せられる匂い袋を持たせたのです。そのせいで我々だけではなく、クラウディア様まで、2度も危機に陥れようとしたのです。たまたま運が良く両方回避することが出来ましたが、もうユダを野放しには出来ない。だから拘束しているのです」「けれど、ユダは匂い袋は事前に用意されていたと言ってるのよ? それにあの銀の剣だって今回の戦争で手柄を立てた報酬として与えられた剣だと言ってるのよ?」「それこそ我々に対する当てつけなのですよ」突然ヤコブの口調が変わった。「あ、当てつけ……?」「ええ、そうです。ユダは……俺たちを見下す為にわざとあの銀の剣を装備していたのです」その声には嫉妬が混じっているように聞こえた。「だけど、ユダがあの剣を装備していたお陰でアンデッドを倒すことが出来たのでしょう?」「ええ、ですがそれも俺たちに恩を着せる為だったのでしょう? 自分のお陰で俺